『日本国憲法改正に向けて』 【2】

「日本と支那の違い」2017-08-14

大戦後、 日本の国民は真実を知ら4されず、知ろうともしなかった。日本人は戦後一貫してマスメディアに騙され続けてきたのである。そして「戦前のマスメディアは戦争を煽る報道をしていた」のも事実なのだ。

一部の者は、自分の事でさえ、他人のせいにして責任転嫁する道を選ぶ。口ではブラフ(虚風)と見栄(虚勢)を言いながら愛国を叫ぶが、本当に最も重要なのは、単に自分の感情なのだ。どの国にもこういった愚かな者が一定割合存在するが、こう云った者たちが影響力を大きく持つようになると、自分自身だけでなく、その国家にとっても大変な悲劇となるだ。

支那の対南北朝鮮への不快感

「無知な人間が多い。バランス外交を主張する者達、南北朝鮮統一論を叫ぶ者は、中国の外交基準について何も知らなかったと云う事が明らかになった…」

習近平の言葉である。

支那と日本の違いの一つは、安全保障問題軽視の有無にある。国民的な側面でも、この部分は明確であるのだ。明確な戦略の上で安保観を維持していた支那に比べると、米国の要請があったにも関わらず再武装を拒否し、普通の国になる事さえも拒否していたわが日本は、戦後ずっと米国に依存して安全保障をして来た。

この差は非常に大きい。

確かに戦後の日本の執権勢力の自民党は、安全保障問題において、考えられないような事ばかりを繰り返して来た。しかしこれを自民党だけの責任にするのは困難である。自民党は、否定的な意味でも、肯定的な意味でも、透明に近い白色政党であり、中道左派政党として独自のアイデンティティと云うよりも、日本の大衆の心(心性)に政策の方向を相当部分依存している政党で、自民党の戦後の安保軽視は、他でもない日本国民の支持があったからであるのだ。

米国のせいではなく、完全に日本国自身が選択した結果なのである。米国は大陸が赤化されていた1948年、日本の経済的自立を目的として、日本中心に反共の障壁を育成すると正式にロイヤル米陸軍長官の口で明らかにした後、日本の憲法改正を促し、政策も修正し、継続して日本に再武装を要求して来た。しかし日本は、吉田茂首相から初まった半世紀の間拒否してきた安全保障問題から目を背けようとしたのだ。それなのに相当数の日本人が「日本の非軍事化政策」は消滅してから半世紀も経ったというのに、ともすると米国のせいにしているのである。

戦後の安全保障問題を他国のせいにしていると云える。リベラルな人間はすべての責任を米国のせいにして第二次世界大戦の時と同じように反米感情を育てるのが目的の人達、団体だが、リベラルだけでなく一般の日本人もこう云った話を長い間、そして今でもしていると云う事が、かなり大きな弊害となっているのだ。責任を他国のせいにすれば、他国のせいにするのが好きな特亜国と同じように気持ちは楽になるのかもしれないが、嫌韓活動や嫌韓発言をしている日本人も基準のラインが解らずにいるように思えてならぬ。

しかし、そのようなものは全く役に立たない精神勝利でしかないのだ。日本が一方的に資金を出しながら損をする日米韓共助が長い間定着したのは、日本が自ら行った安保軽視が大きな原因であり、現実には憲法9条をいくら叫んだとしても平和など来るはずが無いのだ。海洋勢力で韓国は鶏肋でしかないが、日米韓共助は長い間続いて来た。

その理由は、まさに日本の安全保障軽視にあるのだ。

米国は、中国国民党が敗北すると、日本をアジア戦略の重要なパートナーとして選択したが、肝心の日本が再武装を拒否することによって、戦略に空白が生じてしまったのである。日本の左翼リベラルが愛する憲法9条は戦略の空白を埋める何の役割も果たさなかったので、その空白を埋める存在が必要だった訳だ。そんななか、ちょうど朝鮮戦争で韓国軍が盾程度にはなると知ったこともあり、アチソン宣言(Acheson line declaration)まで韓国の必要性を低く見ていた米国が、その方向を韓国を見捨てることから日米韓協力へと舵を切ったのである。

日米韓協力は、いろいろな側面でそれぞれの国を満足させて来た。韓国は、安保の最前線に立つ代わりに、経済的に、必要に応じて日本から資金や技術を貰うと云う立場を享受する事が出来た。日本は、安全保障を他国「米国」に依存したので、資金、資産を得る事だけに関心を持つ事ができたのである。米国は、こういった日本と韓国を調整しつつ、アジアの安全保障を安定させる戦略を採って来たのだ。

支那共産党が、特別に他国よりも賢明であると云う事ではない。

しかし支那は、外交と安全保障はまさに自分自身の問題だということをよく知っていて、それに基づき決定をしているので、北朝鮮が傲慢な態度を続けると、すぐに北朝鮮の態度を変えさせることが今まではできたのである。しかし安全保障を他国「米国」に依存している日本は、このような基本的なことをする事も出来ないでいる。日本は現在、安倍政権になり、多少の変化が見られるようにはなったが、これに見られる態度の変化が可能だとしても、改憲しない限り、この制限を越えるのは難しいであろう。

日米韓協力によって日本は長期にわたって意識を退化させて来てしまった。そのせいで、安倍総理がTVに出演し、まるで小学生の子供に説明するかのように安全保障問題を説明すると云う非常に滑稽な光景まで見せたのである。反日国家に技術や資金を援助するという最も損な役割を長期間担って来たのは日本であり、これを招いたのも日本なのだ。自らがした事まで、他国のせいだと騒ぐ人々は、今後もずっとそのままであろう。戦後多くの賢明な日本人が、安全保障問題や左翼リベラルの扇動について警戒心を持って指摘して来たが、すべて効果がなかったのだ。

何とか国民に理解してもらおうと苦慮、苦悩ののち、三島由紀夫は自ら命を断った。

90年代には、「日本国民は安全保障を無料だと思っている」と嘆く声まで出て来た。

しかし日本の国民大衆には、そう云ったどんな賢明な発言でさえ何処吹く風だったのである。

日本国民は、度を超えた韓国の醜い反日扇動を目の当たりにし、自分たちは今まで何処を見ていたのかと悟り、そして安全保障問題に戦後初めて関心を持つようになったのだ。戦争と云うものは、矢弾だけではないのだ。宇宙、サイバー、情報、経済全て当てはめる事が出来るのである。

現在、わが日本国はまさに内側からの攻撃を受けている戦争状態であると云う事を国民一人一人が真剣に受けとめ、打開策を講じる必要があるのだ。

まずは、自分が今、何が出来るのかを考え立ち上がらなくてはならない。

日本国に残された時間は、もう無くなって来ているのである。

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