日本国・大和民族は何故アジア文化圏ではなく欧米文化圏の中で生きて行こうとするのか? 第二稿

「華夷秩序に拒否感を抱く日本人」2018-01-01

前回からの続きとなる。

それでは何故わが日本人は、支那を中心とする地域秩序を受け入れられないのか?… と云う事になる。単に自由主義国と共産主義国と云った政治体制の違いとだけで括れる事ではないだろう。日本人と支那人の文化・文明に対する意識の違いが大きく作用している様に思われる。

日本の先人達が尊崇の念を抱き、良いものを積極的に取り入れ発展させて来た文化・文明の創造主であった真の漢民族は五世紀末頃には既に存在していないと云われている。「漢字」も日本は対価を支払い、自国語として発展させて来た。「ひらがな・カタカナ」と云った語句も日本人が創り上げたものだ。

ご存知の方も多いだろう。現在の支那共産党は、多くの日本語を用いている。「経済・化学・技術・統計・基礎・学習・学者・政治・研究・議題・他」大多数が日本の先人達が叡智を絞り創り出したものなのだ。知っていて使っている支那人がどれほど居るのかは解らぬが…

漢民族と現在の中華民族は全く違った民族なのである。

現在の支那が、アジアにおいて或いは世界において、その影響力を強めれば強める程、日本人は、支那との距離を置く事を念頭に独自の文化・文明の中で生き抜こうとするであろう。

経団連のように目の前のビジネス、利益だけしか見えていない人間は例外だが、彼等の大きな間違いとして、経済と云うものは安全保障の下で成り立っているのだと云う基本的な常識ですら理解していないのではないかと云う事だ。自由主義経済と社会主義経済とでは、必ず歪みが起きるものだ。しかも相手が支那なら尚の事である。そして、その弊害は既に起こっている。こうした事を踏まえても続けるとするのであれば、後は自己責任でやってもらう他ない。支那に骨を埋めるつもりでやるがよい。

日本の政策、日本人の想いは自由主義国家である米国一択でしかない。どれだけ米国の犬、米国の属国であると云われようとこれは変わることは出来ない事実だ。私は、米国が正義で信義を重んじる国などとは露とも考えてはいないが、日本が先の大戦で敗北し属国となった事は紛れもない真実だからこそだと考えている。「負けは負け」「過去は将来への教訓」として日本人は真実を受け入れる事が出来る民族であると思うのだ。そして、受け入れる事の出来ない国・民族が現在も少数ではあるが存在する。故に、民族紛争と云った事が起きているのである。わが日本人は支那が米国に取って代わり、世界の覇権を握る事などとは決して思ってはいないし、考えたくもないことだ。だからこそ日本が採っている対外政策は、対米提携が軸になっているのである。2013年、米国オバマ政権時、習近平国家主席が訪米し首脳会談を行った際「太平洋には、米国と中国二ヶ国を受け入れる十分な空間がある」と繰り返し発言したことは周知の事実である。

トランプ大統領が訪中した際にも、この発言を繰り返し訴えかけた。河野太郎外務大臣が「太平洋に接しているのは日本であって米中で云々・・という事ではない」と歴代外務大臣が決して言えなかった事をストレートに訴えた。ご存知の通り、河野太郎外務大臣は「河野談話」を発表した河野洋平氏の子息だが、父親の売国的なところは受け継がず真逆の考えの持ち主であった事を日本国民の殆どが知らなかった。私も見抜けないでいた。実に率直な発言で高く評価することができる。これからも決してブレる事無く、わが日本の国益のために働いてくれる事を期待して見守って行きたい。日本人の大多数は、支那の構想である「支那主導のアジア秩序」を受け入れる事はできない。何故なのか?……

日本と支那とは「文明・文化」の見解で、お互いが全く別次元の圏域に属していると考えているからなのではなかろうか。海洋国家である日本と西欧諸国等は、中世の封建体制から近代以降の資本主義、産業発展を経て現在に至った。そして大陸国家の支那、ロシア等は、先制君主体制、植民地時代から現在に至っている。海洋国家の封建体制下では、庶民宗教の発展、宗教改革、市民やギルド、ブルジョワジーの出現、自由都市諸国の発展、農民戦争、そして、海外貿易展開が挙げられる。更に封建制の主要として挙げられるのは、君主と諸侯との「分権的」権力関係である。日本、西欧諸国において、封建領主は互いに権力を保持しながらこれを行使した。そして自治都市が形成され、その背景を創りあげたのだ。これら中世封建体制こそ「自由・人権・民主主義・法の支配」である近代的な価値観へと繋がったものであるのだ。そして、1950年代から既に日本人は、日本国に近い位置にあるのが、支那では無く西欧諸国であると云う事を思考していたと云われている。福沢諭吉の「脱亜論」が著されたのがこれ以前だと云う事を鑑みても、この事実を裏付ける事ができる。現在の日本と支那の根底のものからの違いとして、自由主義国家と共産主義国家との違いは云うに及ばず、文明・文化の違いと云うものが一番顕著な例として挙げられる。そこに支那中心の「華夷秩序」に日本は組する事無く日本独自の文明・文化を基に歩んで来たからだと云えるのである。良いものは取り入れ発展させ昇華させて来た日本人の価値観が源流にあるのだ。

支那の台頭に際して、隣国故に頻繁に出入りする情報や人と成りの様相に直接触れる事によって、支那と云う国家に対し、悪しき印象を抱かざるを得なかったのは、こういった価値観の違いが根本にあるからであろう。支那と云う国は皇帝制度によって「連続制を保つ」と云う国家である。現在に当てはめてみた時、支那共産党体制のもと、毛沢東が初代建国の父であり、習近平が当代の皇帝であるのだ。皇帝とその側近臣下、官吏達は権力を独占し己の欲するままに行使する。それによって得た莫大な富を懐に入れ躊躇う事がない。権力者達と民の間には、途轍もない格差が生じる事は自明なのだが、民の貧困を改善したり克服すると云った事が、権力者達の統治の第一の目的では無く、至極当然の事だとの概念しか持ち合わせていないのだ。

「華夷秩序」

(華=格上、夷=格下)たったこれだけの事でしかないのである。

対等や平等といった概念は存在しないのが支那と云う国家なのだ。こう云った中華秩序式の統治と云うものは長い歴史を経ても大きく変わる事なく現在の支那共産党体制下にも引き継がれているのだ。中華史上、貫かれて来た「統治」の在り方こそ日本人の最も受け入れる事が出来ないものなのである。その理由は、我が国、日本では、仁徳天皇が詠んだ故事として…

「高き屋に登って見れば煙たつ 民のかまどは賑わいにけり」

とあるように「対等・平等、民と共に生きる」

そして、福沢諭吉は…

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」

と記したようにまさにこれが日本における「統治」の在り方だからこそだと考える。

続きは次稿にて

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