長崎・焼き場に立つ少年の写真「ローマ法王が配布を指示」第一稿 2018-01-09

長崎・焼き場に立つ少年の写真「ローマ法王が配布を指示」第一稿 2018-01-09

ローマ法王フランシスコが、長崎原爆投下の被害者の姿をとらえた1945年の写真をカードに印刷して配布するよう指示を出していることが1日までにわかった。カードの裏には、法王の要請により「戦争が生み出したもの」という言葉が記載されている。

この写真は、死亡した弟を背負いながら火葬場で順番を待つ1人の少年の姿をとらえたもの。第2次世界大戦末期に原爆が投下された直後、米海兵隊の従軍カメラマン、ジョー・オダネルさんにより撮影された。法王は今回、カードの裏に自身の署名とともに「戦争が生み出したもの」という言葉を記載するよう要請した。

写真の内容と由来は短いキャプションにより説明。「幼い少年の悲しみはただ、血のにじんだ唇をかみしめるその身ぶりの中にのみ表現されている」などと記している。

米議会図書館の記録によれば、オダネルさんは4年間をかけて両都市の戦後の様子を記録した。一連の写真は本の形で出版されている。

CNNのバチカン専門家、ジョン・アレン氏は自身のウェブサイトで、「新年を前にこの写真を公開したことで法王の立場に何か実質的なものが付け加わるわけではないが、フランシスコが年末年始の休暇期間中に特定の画像を配布するよう依頼したのは今回が初めてだ。これは法王が、写真のメッセージが今特に重要だと考えていることを示唆している」と述べた。

アレン氏によれば、法王は以前にも核兵器を非難し、紛争が子どもたちにもたらす影響を強調したことがあるという。

(2018年1月1日・CNN報道)

最下部に掲載した写真が、ローマ法皇の指示により配布されたものである。

「焼き場に立つ少年」

幼子の亡きがらを背負い、火葬にする順番を、歯を食いしばって待つ様子が、とらえられている。米国による、原子爆弾投下について「広島」ばかりが、クローズアップされ、何故「長崎」への言及が殆どと言っていいほど無いのか??…

疑問に思っている方もおられるのではないだろうか。昔日よりバチカン自体にも悪い噂や闇の深さなどがある事は承知しているが、ここでは敢えて触れずに、世界で唯一原爆を投下された経験を持つ我が国日本の戦争と云う人間の愚かな行為について述べたい。

まずこの案件から、書き起こしたい。

米国軍による、長崎への原子爆弾投下時において、故意であったとは考えられないが、キリスト教会聖堂「長崎浦上天主堂」の真上に投下させてしまった事実がある。キリスト教信者を刺激したくない米国歴代大統領は、この件を、無かった事にしたいがため、現在に至るまで常に避けて来たのだ。

オバマ前大統領が来日し、米国大統領としては初めて広島で献花したが、長崎へは行かないどころか、何の言及も無かったのは、こういった事が背景にあるからなのである。米国内のキリスト教信者の票を失いたくないと云う事だ。人間の命や真実よりも、自分の地位が危ぶまれる事の方が、彼等にとっては重要なのであろう。

オバマ前大統領の広島訪問、献花にしても、決して謝罪をしなかった事は、周知の事実である。ノーベル平和賞 受賞者である彼の任期満了間近、最後の政治的パフォーマンスだったのではないだろうか。

このように、戦後から「長崎への原爆投下」は、タブーとされて来たのだ。

由緒あるカトリック教会を被爆させてしまった事は、米国にとって、決して表には出したくはない案件である。そもそも、東京大空襲や無差別爆撃と同じように、広島、長崎への原子爆弾投下は、非戦闘員である一般市民も無差別に殺害した国際法での違法行為そのものであったのだ。

真珠湾攻撃は日本による戦線布告無しの奇襲だったと語られているが、大義名分が欲しかった米国は、日本に、先に手を出させるため、ABCD包囲網・物資の供給全面ストップなど、日本を孤立させる策略を展開していた。米国は、日本軍の暗号も解読済みで、真珠湾攻撃の日時をも把握していたのだ。まんまと罠に嵌まった日本が愚かだったとは云え日本軍が真珠湾攻撃において、非戦闘員を殺害しなかった事は戦後、米国議会で発せられた事実である。

米国国立公文書館に書面での保管がなされている事実だ。長崎浦上天主堂の敷地内にあった、焼け焦げて身体の一部を破壊された聖人像、落下した鐘楼も、悲惨で悲劇そのものだった。そして、米国はそれらも全て破壊し灰にしてしまおうとしたのである。それを知った信者達が、上から土を被せ、隠そうとした事は、地元の方々にはよく知られている。聖母マリア像を、原子爆弾によって焼き壊したのが米国だと知った時、世界中のキリスト教信者や米国人は何を想い、何を考えるであろう。圧力をかけ、浦上天主堂の遺構を撤去したのは、米国なのである。

世界で唯一、原子爆弾を投下したのは米国のみ、投下されたのは日本国のみだが、日本と米国では、原子爆弾投下以前から、これ以上の犠牲者を出さないための交渉が進められていたのだ。しかし、マンハッタン計画で予算を使い過ぎてしまった事で、原子爆弾で何かしらの戦果を挙げたと云う事にしなければ、米国内政で立場が危うくなるためトルーマン大統領と米国民主党は、敢えて決行させたのだ。なにより、イエローモンキーである有色人種相手に、人体実験(ABCC)を行使する事に対して何の罪悪感も無かったと云う事が解る。人体実験をするにあたり「広島」と「長崎」で使用した原子爆弾は、別種のものが使われた。米国科学者達を現地に赴かせ、人間の被曝状態を確認するため、途中、まだ命がある者を治療する事もせず、投下地点からの距離を分け、被曝症、被曝傷はどうなっているか? どの距離で、どの様な、死に方をしているか?

などといったものをデータ取りし、徹底調査させたのである。米国では、原子爆弾を使用した理由として、「戦争を早く終わらせるため」と云う事にされているが、真実は、日本人を使った人体実験をする事だったのだ。そして「あれで戦争が終結していなければ、今の日本国は無かった」とも説いているが、日本が「本土決戦・一億総玉砕」の覚悟を決めていたとする情報を掴んでいた米国は、最終的に、核を投下するに至ったのである。たかが極東の小国日本に、海では戦艦、潜水艦に怯え、空でもゼロ戦に追い廻されるといった事は、想像も出来なかった屈辱だったであろう。戦後の「東京裁判」は、日本に対する復讐裁判でしかなかったのだ。

戦争の歴史は、勝者によって書き変えられて来たと云う事を如実に表している。今現在、非人道兵器である、原子爆弾を使って悪業を働いた米国と、その悪業のために悲劇を被った日本が、一緒になって北朝鮮を挑発している…

ローマ法王は、そんな危機的状況を、全世界に伝えようとしているのではないであろうか。

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