八紘一宇の精神「世界一のナショナリズム民族と目されている日本人」2018-04-17

またも約1年ほど前の投稿記事

戦後、米国GHQによって、当時日本国内で発刊されていたヒトラー関連の書籍、全てのタイトルが焚書された。勿論、日本の著名人が発刊したもので、特に大衆を煽るような書籍もGHQによって徹底して検閲され不適合とされた数多くの書物も焚書されたのである。これ等は書籍だけでなく、新聞やラジオなど直接日本人に触れる事になる媒体全てが対象となったのだ。

ドイツが日本の同盟国だったからなのか?…

それだけでは無いのではないのか?…

米国は日本に一体何を残したくなかったのか??…

これらを考察していきたい。

始めに、考えられる理由の一つとして、米国は日本人こそが真のナショナリストだと考えていたからではなかろうか。しかしここで1つ云える事として、日本人が考えているナショナリストとは、国際的な定義基準では推し量る事が出来ないものである。先に書いた米国の見解は、米国歴代指導者や米軍指揮官、軍部の人間が様々な形で発信して来た事から、あくまで米国(人)サイドではこうした考えが広く認識されているのである。

また、欧米人が日本の事を語る際よく耳にする言葉の中に「武士道」「侍魂」「ハラキリ=切腹」「神風特攻隊」などがある。この様な事からの見解なのではないのか・・と推察出来る。これは、映画、TV、書籍などからの日本と云う国のイメージが、彼等の中にインプットされているからだと云えるだろう。神風特攻隊で自らの命を賭してまで自爆攻撃を敢行したのは世界各国軍の中で日本軍が一番最初に採用した作戦攻撃だ。この自爆行為、攻撃は、欧米人にとって決して考えられない事であり、そして永遠に理解する事は出来ないのだ。

「お国の為、日本国民の為、家族の為、そして天皇陛下の為」旧日本軍の先人達は(同志達よ靖國で逢おう)と云う言葉を最後に玉砕【名誉や忠義を重んじ潔く死すこと】覚悟の上散っていったのである。

この行為、攻撃、そしてこの日本人の精神(魂)こそが彼等に日本人に対する衝撃的な恐怖心を植え付けたのである。このため米国は、戦後日本人の牙を徹底して抜く政策を採って来た。現在では国軍としてではないが中東のテロリスト集団が、彼等の信仰する神への忠誠心によって、この自爆攻撃を行っている。(ジハード・聖戦)と云う彼等だけが掲げる大義名分のもと実行されているのだ。また、日本での先の戦争の呼称は「大東亜戦争」そして「第ニ次大戦」である。米国は無差別爆撃、原子爆弾投下を行った事への後ろ暗さからなのか太平洋戦争・第2次世界大戦と一括りにし日本人に浸透させた。これも終戦直後の日本人へ向けての対応策であった。この様な事まで米国は日本に対する政策を徹底していたのだ。米国が世界大戦とする事で、非人道的な攻撃は米国だけでなく世界的に了解していた事だと云う大義名分をでっち上げた事。また大東亜戦争における「世界最強と言われた日本軍」や「常勝日本軍」といった真実を封印してしまった事に対して憤りを覚えずにいられないがため敢えて書き留めさせて頂いた。

欧米列強各国は、大東亜戦争で日本が「八紘一宇」の精神、大東亜共栄圏を掲げ、共産主義と闘った事。また白人至上主義での植民地支配によって奴隷化し一方的に搾取され続けていたアジア各国を解放する闘いだった事を理解しようとせず、生意気な黄色い猿が暴れ、領土拡大を計り、我々に取って代わるつもりでいるとの見解しか持ち得なかったのだ。特に戦後「八紘一宇」の精神は、日本軍部が侵略戦争を正当化しているものだとし、使用廃止にまでされたのだ。日本軍部のプロパガンダであり、戦時中においてのスローガンにしていたと云う事で、戦後教育では、侵略国家との烙印を押され、マイナス面のみを指す事と云った真逆の事として左派勢力には大変重宝され、時代背景や彼等の都合の善し悪しによって使い分けされて来たのだ。しかし、自虐教育のために解釈を変えられてしまいこれらを利用して日本人の牙を抜く行為、発言、洗脳をして来た勢力も戦後からの時間の経過と共に「八紘一宇」の本当の意味を理解していない者達が殆どとなっているのではないだろうか。まるで当然の悪事であるかの如く、誤った認識だけが独り歩きしてしまっている状況となっているのだ。

さて本題である「八紘一宇」とは・・

神武天皇の詔勅「兼六合以開都,掩八紘而為宇」(六合〈くにのうち〉を兼ねてもって都を開き、八紘〈あめのした〉をおおいて宇〈いえ〉となす)と記されたものを元に、田中智学が日本的な世界統一の原理として1903年(明治36年)に造語したものです。     (一部Wikipediaより引用)

【日本的な世界統一の原理】これが今回のテーマにおいて非常に重要なポイントとなる。当時の欧米列強の理想支配とは植民地支配によって侵略した国から先住民を奴隷として扱い、得られるもの全てを搾取するといったものであった。そして日本の理想目的は植民地支配されていた各国の解放、独立である。日本が掲げた大東亜共栄圏の文字通り【共に栄える】とする事こそが理想であり、肌の色など関係の無い本来の人間同士のあるべき姿にする事こそが真意だったのである。この様に両者の概念、理想目的には大きな違いがあったのだ。米国が介入しても日本が勝利していたと仮定した場合、日本軍部が奢り高ぶり暴走し列強各国と同じ過ちを冒すといった事が起こり得たかも知れない。しかし、皇室、天皇陛下を魂の中心に置く日本人は、この様な蛮行を行う愚民では無かったと考える。わが日本国としての初心はあくまでも(八紘一宇)の精神から始まった事なのである。

簡潔に云えば、天下、全世界を一つの家・家族にすると云った意味を持ち「日本書記」の「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」を、全世界を一つの家【家族】のようにすると解釈し日本人の魂に深く刻み込まれ受け継がれて来たものなのだ。これが「八紘一宇」の理想や思想といったものの本来の意味なのだ。これをもって、当時の日本には他国を侵略する様な領土拡張欲や思考、思想など微塵もなかった事を理解する事が出来る。しかし、曲がった精神の持ち主達がこれを解釈すると「日本が武力によって各国に侵略戦争を仕掛け、挙句の果てに世界を制服する事」… となるのだそうである。

どの様にして読み、どう考えばこうした解釈が出来るものなのか?…  わが日本人には皆目見当がつかない。

さて、日本人の牙を抜かんとする米国の思惑と日本の左派勢力の利害が一致したがためのものだった事は先に述べた通りだ。東京裁判で天皇制を除く日本の全てを否定した米国は、日本との戦争後、反共の盾と矛を無くし現在に至るまで米国自身が共産主義との闘いに苦しむ結果となったのである。歴史に(もし・たら・れば)は禁句だと云われているが、もし米国が(不敬な言となってしまう事、御容赦願いたい)天皇家を廃絶し昭和天皇を弑していたとしたら、武装解除されていたとしても日本国民一億総玉砕覚悟の上、人間兵器と化しベトコンの様にゲリラ戦闘を続けていたであろう。その後、日本国が存続する事が出来ていたとしたら未来永劫、世界一強固な反米国家となっていたところだ。この事案に関してだけはマッカーサーの英断であったと云えるだろう。そして何より、天皇陛下の御威光、御人徳の賜物だと考える事が出来るのである。

さて、戦時国際法には報復権と云う法が制定されている。ご存知であろうか。米国が決行した2件の違法行為である都市部への無差別爆撃、広島、長崎に使用された非人道兵器である原子爆弾による攻撃。この2件の違法攻撃に対し日本は米国に同等の報復攻撃をする権利を有するとしたものである。米国はこの事を非常に憂慮し恐怖心を抱き続けて来たのだ。そのための平和憲法であり、武器開発規制、核武装は絶対に認めない。この様な対日政策を一貫して押し進めて来た。ところが戦後から70余年の時が経過し、途中、米ソ冷戦は終結したが今度は支那の台頭による軍事的脅威が差し迫った状況になり、加えてシリアを舞台にした紛争、テロ攻撃、サイバー戦争、中東問題、イラン、北朝鮮の核開発問題まで米国だけでの解決は不可能、70年も前の事など考えている余裕が現在の米国には無くなってしまったのだ。世代交代の影響もあり、信頼出来る同盟国の日本に軍備増強させ一翼を担わせるべきだとする現実主義者達の声が大きくなって来たのである。

現在の自衛隊の軍備を見れば一目瞭然。70年分を取り戻すべく今尚急ピッチで進められている。安倍総理主導による憲法改正案もこの様な背景からのものなのだ。

さて、非常に興味深い事だが、欧米の日本に対する認識とは裏腹に、当時の日本は少し違った角度から見た場合、既にグローバリズムを帯びた国家であったと捉える事が出来るのだ。これもまた(日本的な)と云う事が付いて回る事案なのだが・・・

現在、世界の0.1%未満の超エリートが目指しているものは世界政府( NWO)を創り出し実現させる事である。大東亜戦争当時と同様の事が当代に至っても尚繰り返されようとしているのだ。そしてそれはアジアのみならず全世界を対象としたものなのだ。当時の日本の理想・思想目的と、このグローバル金融資本家達の理想・思想目的との大きく違う点は、日本は世界中の国々を束ね、盟主になるとの考えが無かった事。これは現在においても変わる事のないものだ。これに対して、現在のグローバル金融資本勢力は世界政府を創り、そのトップに君臨し権力を最大限に行使し搾取する事。先に申した通りこれほどの大きな違いがあるのだ。

当時の日本は失敗に終わり、現在のグローバル金融資本達がモデルケースとして創り出したEU連合も、ブレグジット、EUから離脱することを決めた英国を見ても解る様に、失敗したと云ってもいい惨憺たる状況である。また、日本はと云えば、幾度も触れていることだが米国から押し付けられた平和憲法(何度も改正の機会はありはしたが・・)を時代に合わせ変えようともせず、牙を抜かれ、事なかれ主義が蔓延し国民のほとんどがお花畑化してしまっている。事なかれ主義になってしまった日本人だからこそ受け入れてしまっている自虐史観。非常に乱暴な言い方ではあるが、支那や北朝鮮からミサイル攻撃され、わが日本国、日本人に実害が出るまで、目が覚める事はないのではないか?… と思う程、愚民化してしまっているのが現実なのではないのか・・・

先人達の魂「八紘一宇」の精神を現在の日本人から感じ取るる事は出来ない。

マキャベリは君主論の中で「国家を守る為には悪徳行為も必要だ」と説いている。世界各国のごく一般的な考え方である。日本人の優しさ、高潔、相手の事を想いやる、といったものが真逆に働いてしまっているのだ。これは、米国人であるケント・ギルバード氏も語っている事だ。彼の場合、日本在住期間が永いため「日本から外へ・外から日本へ」と客観的に見る事が出来るため非常に説得力がある。しかし、ここで1つ注意して見ていく必要がある点だけ簡潔に書き添えておきたい。ケント・ギルバート氏の言論活動が活発にになったのは、ごく最近の事なのだ。彼が日本マスメディアに登場した時期はかなり前の事である。人によっては、長い日本在住の中から彼自身が日本という国に愛着を感じたからこそである。といった向きでの考え方から、この様な思考を持つ人達も多数いる事は承知しているが、戦後のGHQ政策から現在の米国国務省管轄へと対日政策が移る過程での「対日戦後処理」を円滑に進めるために、この様な言論活動を展開するに至ったとの考えも持つ必要があるのだ。彼の前にはドナルド・キーン氏がいた。

日本を擁護し、守るといった様な発言に対して日本人の人の良さから無条件で支持してしまう事の危険性も熟慮してからでの判断で見極める必要があるという事なのだ。ナチスの暴走の前に止める事の出来る術があったにもかかわらず、戦争は金儲けだとするグローバル金融資本家達が居た。そして現在も存在しているのだ。

ここで、先のマキャベリの論理である【悪徳行為も必要】だとする事の対象が、国家と個々といった大きな違いはあるにせよ理論上での立証は可能である。世界のエスタブリッシュメントの頂点に君臨しているのはユダヤ人だと言う事だ。そして同胞であるユダヤ人の大虐殺を行ったナチス・ヒトラーの悪逆非道である行いを黙認したのも彼等なのだ。当代に至っても尚、変わる事の無い白人至上主義が続いているのだ。大東亜共栄圏を掲げた有色人種である日本人に任せる事は白人としてのプライドが許さなかったのだろう。そして、日本人の事なかれ主義故に支那、韓国に歴史問題等で好き勝手され、言われ放題となって来た。

ガリレオが地動説を唱え、現在ではこれを疑う者はいない。しかし、当時では、天動説を信じている人達が大多数、いや殆どだったと言っていいだろう。彼等の辞書には天動説が真理であり、声が大きく多数の人達が支持している事。これこそが真実だったのである。この手段は、現在に至っても尚、支那、南北朝鮮の常套手段となっているのだ。日本に対しては、この手段が通用して来たからだ。嘘も100回繰り返す事によって真実となると云う事を延々と続けて来た。これらの嘘、偽り、捏造を止めるため、時には力の行使が必要なのである。国家理性を失った支那の天安門事件後、世界中が制裁する中、最初に手を差し伸べたのが日本とグローバル主義者達だった。日本は、そうすればいつか解ってくれる、変わってくれるといった青くさい事を本気で信じていた訳だ。そして、グローバル金融資本勢力側は金儲けの為に手を差し伸べたのである。

なかなか言葉にするのは難しく、どういった表現が1番適しているのか?? … と思い悩みながら書いているのだが、日本人の個人主義、全体主義への概念は国際社会の定義上に当てはめる事の出来ないものだと考えられるだろう。先にも書いたが、世界各国の中で代表的な、いわゆる権威主義国家の概念に見られる主義、主張と云ったものは日本人の国民性とは明らかに違うものなのだ。本稿タイトルである(八紘一宇)の精神が日本人の礎となり受け継がれて来たからこそなのでは無いのか??…

日本人の継承されて来た精神から、全体・権威・個人主義国と云うものは平等で公平な家族的な概念からでの定義基準を見る事が可能であると云えるのではないだろうか。日本人のナショナリズムへの理念や概念と同様に、この2つは、いわゆる普遍的な(日本式・日本流)日本イズムの理念や概念がベースになっていると考える事が出来る。このため日本人の理想・概念は世界的には中々通じ得ないのである。漠然としたマクロでの視点からでしか表現出来ていない事ご容赦願いたい。日本主義的(日本イズム)な個人主義、全体主義の理念や概念といった事だからこそ理解出来るのは日本人だけなのは当然である。

こういった様々な事案から(多くを語らず行間を読め)といった日本人ならではの事は日本人同士だけに限定し、諸外国に発信する場合には、言い過ぎだと思うくらいストレートな物言いをして行かなければ相手に伝わらないと云う事実を踏まえての対応が必須なのである。国際社会の中において、日本人の謙虚さや思いやる気持ちといった精神は、日本人は腹に一物あるという様に捉えられ挙句、何を考えているのか解らないと言われて来たのだ。

こうした事例からもわが国日本とはこの様な国民性であり偉大な先人の精神を受け継いで来た国家なのだと云う事を世界各国に知り得て貰うための努力を重ねていく事が肝要なのではないだろうか。

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